GEKKAN-WIEN ウィーン日誌

   平成元年創刊 現地オリジナル取材と編集でウィーンを伝える           現地情報紙「月刊ウィーン GEKKAN-WIEN 」の編集長が綴る

シュターツオーパー出演者変更

 シュターツオーパーから出演者変更のメールがいくつか来たのでまとめて報告したい。

ヴェルディ「仮面舞踏会」グスタフ三世役マルコ・ベルティの代わりに、
ラモン・ヴァルガス(1月31日と2月9日)及びフランコ・ファリーナ(2月3日と6日)。

ヴェルディ「仮面舞踏会」レナート役カルロス・アルヴァレスの代わりに、
ジェオルジェ・ペテアン(1月31日と2月3日)及びダリボール・イェニス(2月6日と9日)。

ロッシーニ「セヴィリャの理髪師」フィガロ役カルロス・アルヴァレスの代わりに、
ダリボール・イェニス(2月12日と15日)。

ヴェルディ「仮面舞踏会」指揮者ニコラ・ルイゾッティの代わりに、
パオロ・カリニャーニ(1月31日、2月3日、6日、9日)

ヴェルディ「スティッフェリオ」指揮者ニコラ・ルイゾッティの代わりに、
ミヒャエル・ハラース(2月7日、10日、13日)。

ビゼー「カルメン」指揮者ニコラ・ルイゾッティの代わりに、
アッシャー・フィッシュ(2月25日、28日、3月4日、8日)。

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運命の力

 シュターツオーパーのヴェルディ「運命の力」がたいへん良かった。レオノーラ役ヴィオレータ・ウルマーナ Violeta Urmana はこの1月「トスカ」を2回「運命の力」を3回歌っている。最初のうちは風邪気味で本調子ではなかったが後半は回復したようだ。有名なアリア「神よ平和を与えたまえ」は感動的である。アルヴァーロ役ファビオ・アルミリアート Fabio Armiliato は高音部がすっきり出て頼もしかった。ジョルダーニの代役ということで今回限りの出演だが、以前のようにウィーンで頻繁に歌ってもらいたいテノールの一人だ。指揮のパオロ・カリニャーニ Paolo Carignani は1月は「運命の力」3回のほか「マノン・レスコー」を2回振っている。その上、1月31日の「仮面舞踏会」を指揮するはずだったルイゾッティが手術をするとかで3月まで出て来れなくなり、この日のほか2月3、6、9日の「仮面舞踏会」もカリニャーニが引き受けることになった。カリニャーニは今すこぶる調子が良いので楽しみだ。

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アンサンブル劇場「屋根裏」

 ペーター教会横のアンサンブル劇場 Ensemble Theater燐光群の「屋根裏」を鑑賞した(*1月23日付の記事参照)。劇場の入口は狭く、扉を押し開けるとぱっと明るく温かく、外とはまるで違う世界が広がる。こういうところが非常にウィーン的である。階段を下りると奥のほうにクロークがあり、更にまた階段を下りるとバーがあり、劇場はその横にある。中がこんなふうになっているとは外からは想像できないだろう。
 屋根裏といえば最近のウィーンでは居心地のよいお洒落なフラットとして若いリッチな層を中心に人気がある住居だが、過去にいくつもの賞を受けたこの演劇「屋根裏」は、上部が斜めに傾いた箱状の個室「屋根裏キット」の中で繰り広げられる多数の場面と状況を扱っている。それらは今の日本の社会問題を浮き彫りにするもので、時には可笑しく、時には不気味である。テンポのある言葉のやり取りが面白く、23場面の登場人物を俳優たちは1人で何役か掛け持ちするが、違和感はない。

写真は公演後バーに居合わせた出演者のうち5名の俳優の方々、最年少の観客(前列右から二人目)、月刊ウィーンを手にしたマネージャーの古本道広 Michihiro Furumoto さん(後列中央)。出演した女優の樋尾麻衣子 Maiko Hio さんのお兄さんはウィーン在住のピアニスト。

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ハイドンハウス

 ヨーゼフ・ハイドン没後200年に向けて修復中だったハイドンハウス Haydnhaus が再オープンした。この家にハイドンは1797年に引っ越してきて1809年5月31日に亡くなるまで住んでいた。1月29日から常設展が公開される。常設展の写真など詳しくは月刊ウィーン3月号で。
 写真はハイドンハウスの正面と中庭側。記者会見があった28日は雪が降っていたので暗かった。左写真をクリックすると雪が降っているのが良く分かる。

ハイドンハウス 開館:火曜~日曜9時~18時 Haydngasse 19, 1060 Wien
          入館料:4オイロ 27歳までの学生・生徒は3オイロ 日曜日は無料
地下鉄U3 Zieglergasse 下車 Webgasse 出口から出てWebgasse を歩き Schmalzhofgasse の交差点を右に曲がると次の角左に Haydngasse

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満員の大聖堂でモーツァルトの響き

満員状態のシュテファン大聖堂でモーツァルトのレクイエムが演奏された(過去記事参照)。

大聖堂オーケストラのコンマスと握手する指揮者の福島さん

ソリストたちもすばらしかった。左からソプラノ、アルト、テノールの歌手たち

バリトンのエレドさん    合唱団は日本からの合唱団と地元合唱団の混成

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ウィーンVIPクラブ

 今年はヨーゼフ・ハイドン没後200年にあたり、ウィーンでも色々なイヴェントが用意されている。これにちなんだわけではなかろうが、ハイドンゆかりのホイリゲ「エスタハージ・ケラー」の「ヨーゼフ・ハイドン・シュトゥーベル(部屋)」に老若男女のウィーン在留邦人たちが集まった。ウィーンVIPクラブの第1回定例会である。
 クラブの名称は旧約聖書のイザヤ書43章4節の中にあるVIP(Very Important Person)という言葉に由来する。キリスト教系だが、広くウィーン在住のビジネスパーソン・専門職の人々に呼びかけ、世界各国および日本国内の会員と連携をとりつつ、職域・教派を越えた交流の場を目指すという。事務局代表は声楽家の平野和 Yasushi Hirano さん。顧問は画家の岡崎信吾 Shingo Okazaki さん。職業、年齢、宗教、国籍などには関係なく誰でも参加できる。

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劇団燐光群のウィーン公演「屋根裏」

 日本の演劇集団「燐光群 Rinkogun」が1月28日から30日まで、ウィーンのアンサンブル劇場 Ensenble Theaterで同劇団のヒット作「屋根裏 Yaneura」を公演する。劇団側の資料によると:
 『屋根裏』は2002 年に初演し、再演を繰り返してきた燐光群の代表作のひとつです。作・演出の坂手洋二は本作にて第54回読売文学賞、第10回読売演劇大賞最優秀演出家賞、紀伊國屋演劇個人賞を受賞。2005年にアメリカ3都市ツアー、2008年にパリ・フランクフルト公演を行い、国内外でその高い評価を確実なものにしています。本年1月~3 月には、ウィーン・ブカレスト・東京で上演する予定です。
 ……誰が発明したのか、世間から「ひきこもり」とされる人々が、それぞれ自ら閉じ籠もるための「パッケージ空間」である「屋根裏」が、商品として、秘密情報による譲渡の対象として、世間に流通しはじめる。それぞれの「屋根裏」の極小空間から発信されるメッセージ、呼応しあうように起きる事件の数々……。その「屋根裏」に引きこもる者たちどうしの奇妙な連帯感。「屋根裏」発明者を探索する男。そして巻き起こる、さまざまな場所での、それぞれの「事件」……。
Ensenble Theater, Petersplatz 1, 1010 Wien (グラーベンのペーター教会横)tel.5332039
「屋根裏」公演(日本語 ドイツ語字幕付) 1月28日~30日 19:45

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シュテファン大聖堂でコンサート

 シュテファン大聖堂 Stephansdom で1月24日20時半から福島章恭 Akiyasu Fukushima さんの指揮で モーツァルト「レクイエム」が演奏される。オーケストラやソリストなどは月刊ウィーン1月号の教会音楽の項で紹介してあるが、100人に近い合唱団の大多数はこの日のために日本各地から集まった人々である。その中に、月刊ウィーン定期購読者の丸山千津子 Chizuko Maruyama さんがいて、月刊ウィーン編集部に貴重な情報を提供していただいた。福島さんは2006年のモーツァルト年にもウィーンでモーツァルト「レクイエム」を指揮した。丸山さんもその時合唱で歌っている。その時の会場は楽友協会大ホールだった。もちろん筆者も聴きに行くが、音響の違いを実感するのが楽しみである。ソリストのアドリアン・エレド Adrian Eröd さん はシュターツオーパーでロッシーニ「セヴィリヤの理髪師」 のフィガロ役も歌う人気バリトン歌手。今月はマスネ「マノン」にレスコー役で登場している。

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モーツァルトハウス

 シュテファン大聖堂の裏手にある「モーツァルトハウス Mozarthaus Vienna」が今年で開館3周年を迎え、その記念に、1月25日の10時から19時まで、オープンハウス(無料)となる。
 この家の1階(ウィーン式)にモーツァルトが住み「フィガロの結婚」を作曲したので、かつて1階だけが「フィガロハウス」という博物館だった。1階以外には普通に人が住んでいて、当時は建物の中に入ると郵便受けやゴミのコンテナが並んでおり庶民的な生活感にあふれていた。磨り減った薄暗い石階段を上ると博物館の入口があった。2006年はモーツァルト生誕250年にあたり、モーツァルトはウィーン生まれではないがウィーンでも大規模なイヴェントが計画された。この家の住民には出て行ってもらい、長らく大改修工事が続き、2006年1月27日に現在のモーツァルトハウスが誕生した。Domgasse 5, 1010 Wien  開館:毎日10時~19時 入館料:6オイロ

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ウィーンで最初の日本茶カフェ

 日本の緑茶やおにぎりが大好きなウィーン人の溜り場「茶の間 Cha No Ma」はナッシュマルクトのすぐ近くにあり、オペラ座からも歩いて10分くらい。名前の通り、普段着でくつろげる雰囲気が、カフェ好きのウィーン人にぴったりだ。抹茶、煎茶、ほうじ茶のほかに、有機栽培の抹茶に温かい豆乳を加えた「抹茶ラッテ」が寒い時期には大好評である。泡立てた真っ白な豆乳の上に渋いグリーン色の抹茶で「茶」と漢字を描き、コップ1杯のウィーンの水を添え、お盆に載せて運んでくれる。ここでもウィーンのカフェのしきたりにのっとっている。ウィーンの水は遠くアルプスから運ばれてくる本物のミネラルウォーターだから美味しくお茶がいれられるのである。
 おにぎりは15種類もあり、スタッフの響子さんによると人気No.1は「ツナワサ」、No.2は「塩じゃけ」、No.3は「京ごもく」だという。「稲荷」も好評で、土曜日には「天むす」も加わる。
営業時間:月曜~金曜10:00-18:00/土曜10:00-17:00
Faulmanngasse 7,1040 Wien Tel.(01)5879406

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ウィーンの魚の日

 月刊ウィーンに「ウィーン・ア・ラ・カルト」という人気エッセイを連載中のウィーン在住エッセイスト近藤常恭 Tsuneyasu Kondo さんが、現在日本に一時帰国中であるにもかかわらず2月号のために原稿を送ってくれた。題して「ヘリングスシュマウスHeringsschmaus(ニシンのごちそう)」。普段はお肉中心のウィーンの食卓も、この日ばかりはお魚を食べるという話題だ。1月末に発行される月刊ウィーン2月号をお楽しみに。
 ところで今ウィーンは謝肉祭シーズンで舞踏会たけなわといってところ。でも謝肉祭が終われば復活祭(今年の復活祭日曜日は4月12日)までの間は肉食を避け質素に暮らすのが宗教上の建前である。「灰の水曜日」という謝肉祭の最後の週の水曜日がその分け目で、魚とりわけニシンを食べる日となる(今年は2月25日)。美術史博物館にあるブリューゲルの絵画にも描かれている。なお「オーパンバル(オペラ座舞踏会)」は謝肉祭の最後の木曜日と決まっていて、今年は2月19日に開催される。そのため前日2日間は休演となり、翌日は子供オペラ「魔笛」(小澤征爾さん指揮)でオーストリア児童の独占貸切となる。従ってシュターツオーパーは4日連続無公演なのでウィーンでオペラを楽しみにしている方はご注意を。

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美術史博物館オープンハウス

 美術史博物館では今年1月1日付でサビーネ・ハークさんが新たに館長となった。美術史博物館グループのうち、美術史博物館と民族学博物館とオーストリア劇場博物館の館長を兼任するので正式の肩書きは Dr.Sabine Haag, Generaldirektorin des Kunsthistorisches Museums mit Museum für Völkerkunde und Österreichischem Theatermuseum という。

 就任を記念して1月24日、次の美術史博物館グループがオープンハウス(入場無料)になる。
 ・美術史博物館:10時~24時
 ・新王宮(エフェソス博物館、宮廷狩具&武装具館、古楽器コレクション):10時~18時
 ・宝物館(王宮):10時~18時
 ・民族学博物館(新王宮):10時~18時
 ・オーストリア劇場博物館:10時~18時
 ・宮廷馬車博物館(シェーンブルン宮殿):10時~16時

 美術史博物館ではガイドツアー、工房見学、レンブラント自伝映画上映、講演、ジャズコンサートなど多彩なプログラムが用意されている。特別郵便局も設置され、同館の目玉作品である金細工「サリエラ Saliera」の特別記念切手(本物の22カラットの金箔を使用)を発売する。
 無料整理券は1月20日から上記博物館のチケット窓口で入手できる。

 今年の美術史博物館グループの主な特別展
 ・美術史博物館:「17~19世紀のインテリア絵画」
            「カール・デア・キューネ(1433-1477) ブルグンド最後の大公の栄光と没落」
 ・アンブラス城(チロル):「チロルの太陽王 エルツヘルツォーク・フェルディナンド・カール」
 ・民族学博物館:「全ての四季のための日本」「ナガのアイデンティティー」
 ・オーストリア劇場博物館:「セルゲイ・ディアギレフのロシア・バレエ団」
                  「トーマス・ベルンハルトと劇場」

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ガランチャの薔薇の騎士

 ウィーンでお薦めのオペラは?と問われたら、迷うことなく、シュターツオーパーの「薔薇の騎士 Der Rosenkavalier」(オットー・シェンク演出)と答えたい。ウィーンの観客は厳しいから劇場側もそれなりのキャストをそろえる。チケット入手も容易ではない。今月は9日と12日に公演があった。タイトルロールはエリーナ・ガランチャ Elina Garanca 、マーシャリン役に宮廷歌手ソイレ・イソコスキ Soile Isokoski 、指揮がアダム・フィッシャー Adam Fischer とあれば見逃すわけにはいかない。1週間もあとまで余韻が残るオペラはそうざらにはないのだから。
 次の「薔薇の騎士」公演は4月17、20、23日(ペーター・シュナイダー指揮、マーシャリン役カミラ・ニルンド、オクタヴィアン役ソフィー・コッホ)。アダム・フィッシャーもペーター・シュナイダーも、かつてのウィーン音楽アカデミーで伝説の人ハンス・スワロフスキーに学んだ指揮者。やはり聴き逃せない。

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氷点下のホームレス

 ウィーンの気温はこのごろ最高で氷点下前後、最低はマイナス10℃前後だ。明日は最高でもマイナス3℃にしかならないと予想されている。
 つい最近のウィーンのメディアによると、ウィーンにはこんなに寒くても野外で寝るホームレスの人が300人もいるという。中には病院に運ばなければならないほど凍えていた人も数人いたそうだ。緊急宿泊施設は充分用意されているということだが、そこに彼らは行こうとしない。役所の手続きがいや、酒が飲めない、ペットを持ち込めない、他人が信用できない、というのがその理由だという。キリスト教の慈善団体「カリタス」などが、冬用の寝袋を配ったり、宿泊施設に入るよう説得している。

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チェコ外相:シュヴァルツェンベルクさん

 今ウィーンでも国際ニュースは連日2つの≪Ga≫=Gas とGazaが主流だ。今年前半のEU議長国を務めるチェコの外務大臣シュヴァルツェンベルクさんはこの緊迫情勢の中で多忙を極めている。名門貴族の血を引いて1937年にプラハで生まれ、1948年にオーストリアに移住してウィーンのシュヴァルツェンベルク宮殿に住んだ。宮殿は以前「パレー・シュヴァルツェンベルク」という名の高級ホテルだった。敷地の一角にホテルオーナーつまり城主の館があって、カール・シュヴァルツェンベルクさん一家が暮らしていた。1989年にチェコに帰り、1990年には新生チェコのバツラフ・ハーヴェル大統領の経済顧問になった。2007年から外務大臣となり、昨年7月には、チェコに米国のレーダーを配置する「ミサイル防衛協定」にライス長官と共に署名する姿が広く報道された。先月19日、ウィーン王宮で催された国際会議「ヨーロッパとアラブ世界」の記者会見で、筆者は20年ぶりにご本人を目の前で見たが、名前はカレル・シュヴァルツェンベルクに変っていた。フルネームは Karl Johannes Nepomuk Josef Norbert Friedrich Antonius Wratislaw Mena von Schwarzenberg である。

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